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時刻午前6時59分。後一分たてば、あの五月蝿い目覚まし時計が一日の訪れを告げる。

「カチ……ジリリリリリ」

相変わらずの耳に残る高音。
退屈な一日が始まった。


記憶と存在


「カチ」

僕は目覚まし時計のスイッチを切った。
いや、ってかこの目覚ましの音は不愉快だ。
できることならなる前に起きて、スイッチを切りたいぐらいである。

「ふわぁぁ〜……」

あくびを一つして、ぼーっと目の前のデジタル時計を眺めていた。
朝起きてすぐには頭が働かない。毎朝こうだ。
そんなわけで、今日もぼーっとしていたのだが、ひとつおかしなところに気がついた。眺めているデジタル時計のタイマーの日付が狂っていたのだ。
「5月16日……?」
今日は5月15日だ。昨日が5月14日、そう、昨日は俺の誕生日だったのだから。
「まあ、いっか」
見たところタイマーの方は狂っていなかったので、そのままでもいいと判断した。

「タンタンタンタンタン……」

誰かの階段を上る足音。
誰かというよりも、母に違いない。
どうせ言い放つ言葉は――

「早く起きなさい!いつまで寝てるの!?」

やっぱりそうだ。隣の部屋で寝ている弟に、毎朝同じ言葉を言い放つ。
弟にしてみれば、母が目覚まし時計といったところだな。

「それから和也も。起きているんなら早く下に下りてらっしゃい」
「はいはい、今行くよ」
何気ないいつものやり取りを交わして、僕はむくりと立ち上がった。


ガチャリ―――
部屋のドアを開けて、階段を下った。
下る途中に毎朝、毎回見る招き猫は今日も健在だ。
しかし、今日はなんだか違う気がした。
目か、鼻か、はたまた口なのか。
何が違うとかは良く分からないけれど……

食卓に着き、ざっと辺りを見回す。
右隣にいる父、寝ぼけ面をしている弟、ご飯をよそっている母。
目の前にある焼き魚、味噌汁。
いつもとなんら変わりない。
しかし、何かが違うような気がする。
胸の奥で何かが引っかかっている感じだ。

「気のせいかな……」

自分にそう言い聞かせても、やはりぬぐいきれない違和感。
何かが、何かが違う。


ふと日めくりカレンダーが目に留まった。
弟が面白がって、年初めに買ってきたものだ。
もちろん日付は5月15日―――――を示していなかった。

「5月16日……?」

違和感の正体はこれだったのかもしれない。
起きて目に留まったデジタル時計の日付。
そして今目の前にある日めくりカレンダーの日付。
気味の悪い一致。
どうせ間違えて誰かが二枚めくったのだろう。

「日めくりカレンダー誰がミスったの?」

おっちょこちょいの母だろうか。
そんな推測を張り巡らしていたが、帰ってきた答えは全く別のものだった。

「何いってるの?何も間違ってはいないじゃない。今日は5月16日よ」




……え?

5月16日!?
そんな、ありえない。昨日は俺の誕生日だったのだから。

「そんなことより早くしないと学校に遅刻するわよ」

時計に目をやった。
もっともだ。時計は7時43分を指している。
先ほどの母の言葉はとても気になったが、今は学校に遅刻しないことが優先である。
急いで朝食をとった後、すぐに学校へ行く支度をして玄関を出た。
「行ってきます」
一言そう言って、ね。



キーンコーンカーンコーン

「ふぃ〜、何とか間に合った」
僕が自分の席につく頃、ちょうど授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
シャツの下はすでに汗だくである。
まったく、朝から良い運動だよ。
と、そんなことを考えていると、数学の小山が教室に入ってきた。

「起立、礼」

学級委員長の号令とともに、小山の小難しい授業が幕を開けたのだ。




「―――であるからして、数式の解は……」

僕の席は窓際なわけで、授業中は大抵外の景色をぼーっと眺めている。
空に浮ぶ雲だとか、木々のざわめきだとか、校門の前を通る人だとか。
無論眺めているので、授業の内容なんてこれっぽっちも覚えていない。
成績がわるいのも納得だ。

「さて、残り時間も少なくなったことだし、昨日出した課題の点検をする〜」

……課題?
教室中からは、焦りの声が聞こえてくる。

課題―――。

少しの間記憶をさかのぼっていたが、やはり思い出せない。
と、いうよりも、昨日は数学の授業がなかった。
無い授業で渡したといわれた課題を、持ってこれるはずがない。
が、しかし、隣に座っている女子はかばんの中からプリントを取り出している。
いや、隣だけではない。クラスの大半がプリントを取り出している。

……あれ!?

何故僕だけ。
何故僕だけ持っていないのか。
ここ数ヶ月休んだ記憶も無い。

「先生、僕だけプリントをもらっていないんですが」

いつの間にか、僕の知らないうちにプリントを配られたのか。
ぼーっとしていただけなのかもしれない。
僕にはよくそういうところがあるから。

「何言ってるんだ。お前には直接渡したじゃないか。
一枚足りないって言って、後でもらいに来ただろうが」

はい!?
もらいに来た??

「やってないからといって、嘘をつくのはいかんぞ〜。そんなばればれな嘘を」

クラスにどっと笑いが起きた。
何故か僕はクラスの笑いものだ。
僕は恥ずかしながら、いそいそとかばんの中をあさった。
ノートの間、かばんの底、クリアファイルの中―――。

あった。
クリアファイルの中に一枚のプリント。
隣の女子の机の上においてあるプリントと全く同じプリント。
違うところといえば、白紙であるかそうでないか。

「やってない奴は早めにもってこいよ」

その一言で、授業は締めくくられた。わけだが……


納得がいかない。
明らかに矛盾点が多すぎる。
ありもしない授業に、もらった記憶の無いプリント。
何かが、おかしい。
朝からそうだ。


何がおかしいのか。
そうだ。
自分の中で、日付がずれている。
というよりも、
自分の中で昨日が存在していない。
しかし、何故……





その後の授業はいつも通り覚えていない。
だが、授業内容を覚えていない理由は寝ていたりぼーっと外を眺めていたわけではない。
必死に昨日のことを。
いや、昨日だけじゃない。
一昨日や一昨昨日。
可能な限り、記憶をさかのぼっていたんだ。
今日の朝食、朝の何気ない会話、そんなささいなことも。




一時間目が終わってからは、時間は驚くほど早く流れていった。
つまらない歴史の時間も、退屈な英語の時間も、
今日だけは。
そして気がつけば放課後……


「駄目だ。やっぱり思い出せない」

如何頑張って思い出してみても、やはり思い出せない。
僕の中では昨日が僕の誕生日なのだ。


教室にはもう数人しか残っていない。
遠くの住宅街に、夕日が沈もうとしている。
紅く染まった遠くの空と教室が、暖かさをくれた。
そして、同じだけ寂しさもくれた。



「帰る……か」

ため息混じりに僕は呟いた。




















夕食後、僕は二階にある自分の部屋で今日を振り返っていた。
狂った時計、一日めくるのが早いカレンダー、もらった記憶の無いプリント―――
考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうだ。
しかし、これらの事実は一つの事柄を示している。
自分でも信じられなかったが。

「昨日の記憶だけ無いということは、部分的な記憶喪失……」

そうだ。それしかない。
これならば、昨日の記憶が無いことにも十分にうなずける。
だが、だがしかしいきなり記憶喪失なんぞになるものなのか。
身体はいたって健康だし、目だった外傷もなかった。

「ふわ〜ぁ……」

大きなあくびを一つ。
時刻を見れば9時を少し回った程度。
異様な眠気に襲われた。

「今日はもう考えるのはやめよう。」

いつもならコンナ時間に眠気に襲われることは無いのだが……
確かに、いつもよりも余計に、詰まっていない頭をフル回転させて考えてはいるが。
それでこんなにも眠くなるものなのか。

僕は少し考えた。
眠気に負けて、このまま寝てしまうか。
それとも、眠たい目をこすりながら、宿題を終わらせてから寝るか。

「寝るか」

僕は睡眠という欲求に負けて、そのまま寝ることにした。
このとき僕は、何も知らなかった。
そう、何も……




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