「ジリリリリリリリリ」

今日も五月蝿い目覚ましが朝を告げる。
いつものように慣れた手つきで目覚まし時計のスイッチを押して、カーテンを開ける。
まぶしい朝の光が、部屋の中に差し込んでくる。今日も良い天気だ。

良い天気とは裏腹に、僕の頭はがんがん痛い。
そういえば、昨日と一昨日の記憶――――


……ふむ、やはり思い出せない。
昨日のことははっきりと覚えているが、一昨日のことは……。
夢落ちだったとか、そういうことはないようだ。
それだったら嬉しいのにな。

まあ、くよくよしてても仕方が無い。
思い出せないものは思い出せないとして割り切った方が良い。
別に一昨日の記憶が無いからといって、そんなに困ることでもない。多分。
僕は自分の中で、そう割り切った。


一階に降りると、もう朝食が机の上に並んでいた。
ご飯と焼き魚と味噌汁。


まったく、今日もこれか。
いくら親父が和食メニューが好きだからといっても、昨日と同じ組み合わせとは……
文句を言ってもどうにかなるものでも無い。さっさと食って学校に行くか。
つくづく自分は諦めというか切り替えが早いと感心する。
近頃の現代っ子では、こうはいかないだろう、と。
そんなことを考えながら朝食を終えた僕は、そそくさと学校へ登校する準備を終えた。

歯を磨き、顔を洗って着替え終わり、
さああとは靴を履いて、家を出るだけ。となったちょうどその時。

「ガッシャーン」

突然大きな音がした。
音からして、どうせ皿かコップが割れたのだろう。
ドタドタと慌ただしい足音が聞こえる。
僕は気にも留めずに家を出た。







今日もなんら変わりない。
退屈で平凡な一日。
話し声一つしない教室に響く、黒板とチョークがすれる音。
青い空を悠然と泳ぐ雲。そして、そんな毎日を過ごしている自分。

「さて、今からプリントを配る」

一番右の列から配られていくプリント。
僕の列は一番左の列の最後尾だから、回ってくるのは最後だ。

……
………

やっと僕の列に来た。
前の人からプリントが回ってくる。
左手でプリントを受け取って――――
あれ?
プリントが足りない。
ちょうど一枚だけ、僕の分だけ。

「先生、プリントが一枚足りません」

そう声を出したのは、僕の前の席に座っている吉崎だ。
吉崎とは中学校から小学校から一緒の、言わば腐れ縁というやつだ。
だがしかし、それほど仲が良いというわけでもない。

「プリントが足りないか。ちょっと待ってろ〜……あれ?
今手持ちにプリントが無いわ。すまんが後で職員室に取りに来てくれ。」

うへぇ、面倒なことだな。
何で俺ばっかり。
俺ばっかり?
前にもこんなことがあったような……
どうも思い出せない。もしかしたら失われた記憶の断片かもしれないが。
気のせい……か。

まあいいや、放課後もらいに行くか。
僕はそう考えた。

「このプリントは明日の授業までに各自やっておくように。」

え〜 という声が聞こえるということは、相当難しい問題なのだろうか。
なんか、もらいに行く気が失せてくる。



今思えば、すぐにもらいに行くべきだった。
そう、すぐに……




そして、それは訪れた。
足音一つ無く。



僕はいつものように夜中遅くに風呂に入るわけだが、
それに気がついたのは、風呂上りのことである。
僕の家は脱衣所と洗面所が一緒になっている。
そんなことは言わなくても分かるだろう。
問題は、鏡に映った自分の姿を見たときだった。


―――左半身が消えている


自分でも訳が分からなかった。
鏡の自分は左半身が全くない。消えているのだ。
しかし、鏡の中ではない自分。
つまり現実の自分の左半身は存在している。
そして、鏡の中の僕は一分一秒刻みでどんどんと薄くなっていくのがわかった。

「――――……」

恐怖のあまり叫び声をあげたが、声が出ない。
腹の底からどんなにひねり出そうとしても、だせなかった。




声が、ナクナッタ




僕はもう何がなんだか分からずに、自分の部屋に駆け込んだ。
家の住人は全員寝静まっている。
誰も起きる気配が無い。

ドックン ドックン ドックン

異常なまでの心臓の高鳴り。
そのくせ顔に血の気は感じられなかった。
何が、何がどうなっている。
僕には全く分からない。
落ち着こう、落ち着こうとはするものの、
落ち着けない僕の心。

そして僕は見つけた。
すべてを理解するための鍵を。
11時40分を示すデジタル時計。
そして日付は―――

6月15日

見た瞬間にすべがわかった。
僕は、
僕の生きているこの瞬間は、
一昨日だ。


記憶喪失ではない。
一昨日の記憶が無かったのは、
今一昨日の中をいきているから。




そして今現在。
心臓の高鳴りはおさまり、
僕の心は波ひとつたたない水面のように落ち着いている。
普通なら考えられない現実。
SF小説の読みすぎか。
信じている時点で、落ち着いていないのかもしれない。

今僕は、パソコンで最後の言葉をつづっている。
今更こんなことをしてどうにかなるのか。
ただ、
ただ自分の存在を残したかった。
自分の生きていた証を。
この文章を読んだ人が、僕のことを思い出してくれるように。

僕には分かる、ただ漠然と。
僕は存在を消されようとしている。
人にではない。動物でも、物でもない。

過去、現在、そして未来に。

SF小説ならこういうとき。
人の記憶からも、僕の存在は消される。
だから僕のこの行為に意味はないかもしれない。
なにも・・・・

少し前に音が消えた。
もう何も聞こえない。
そして今、視界も消えた。
目の前は真っ暗。
キーボードも見えないので、キーを打ち間違えているかもしれない。
すkpし、読みにくくなっているかの知れない。
もう、どうでのいい事だ。
僕は最後に一言こう書こう。


中野和也 ここに生きる


戻る