テリトリー
一
君は頭を抱えていた。
どうしたら追い払えるのだろうか。どうしたら寄り付かなくすることが出来るのだろうか。ということをひたすら考えていたからだ。
ご丁寧な後始末つきであるのなら、それはそれは結構なことである。なんの文句も無い。
しかし残念なことに、自分の生活にしか興味を示さない彼らに、散らかした後始末などと言う行為があるはずも無い。悪気なんて微塵も感じさせないそぶりで、そのまま何処かへとかえって行く。
実際に悪気なんて感じていないのだろうが。
君は、そんな彼らにほとほと困り果てていた。
数時間前までは。
今君は――というと、ネット上からダウンロードしたとても素晴らしい「ソフト」を使って、コンパクトディスクに焼付けている。
ヴヴヴヴヴ……
君のパソコンが重低音でうなっている。
ヴヴヴヴヴ……
五千八百円分のうなり声が、君の耳に届く。
そんなに苦しそうな声をだすなよ。
君は焼付けの残り時間を確認するために、ノートパソコンの画面に視線を移す。
三分十七秒の表示。
もう少しだぞ。あとカップヌードルを作るぐらいの時間だ。
だけど、君は心配になってきた。
時間が進めば進むほどに、どきどきだとかもやもやだとか、そういった感情がぐるぐると無秩序に君の心の中でかき混ざる。
君は考える。果たして本当に効果はあるのだろうか。騙されただけなんじゃないだろうか。というよりも、信じる方が馬鹿なのかもしれない。あのときの自分は嬉しさのあまりどうにかしていたんだ。
ピコン! と、君の気持ちなんてこれっぽっちも知らない電子音が、焼付けの終了を告げる。
少し憎らしい。
しかし、そうして先ほどの心配事が心の中から追い出されていることに、果たして君は気がついているのだろうか。
君は窓ガラスを通して空を見た。どこまでも深い蒼が四角い枠いっぱいに広がっている。
傘なんて必要ないさ。
二
きょろきょろと辺りをうかがう君の手からは、先ほど焼き付けが完了したばかりのコンパクトディスクが、ぶらりぶらりと紐でつるされている。
時折ギラリと太陽光を反射しているそれは、道の前方から自転車でやってくるおばさんの目を一瞬だけくらませた。
おばさんは鬱陶しそうな顔をして、君と手にぶら下げているそれとを睨んでいる。別に何も言ってはこなかったけど。
君の目の前には青い半透明のゴミ袋の山。
君の右斜め前にはオレンジ色して突っ立っているミラー。
やっぱりこれに取り付けるのが一番いいかな、と君は思った。
よいしょと背伸びをして、ぎゅっと方結び。
「これでよし」
コンパクトディスクが風でゆらゆらと揺れている。
三
一週間たったが、通勤のたびに見かけていたゴミあさる黒いカラスを、君は一羽たりとも見なくなっていた。
成功だ、と君は思った。
実際ほとんど期待していなかったので、余計になんとも言えない嬉しさがじんわりとこみ上げてくる。
五千八百円は無駄じゃなかった。
カラスを寄せ付けなくする「ソフト」に、君は心底感謝した。
次の日、何食わぬ顔をしたカラスがごみをあさっていた。
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