散歩道のあいつ

 何気なしに川岸を歩く。やはり人気のないここは相変わらず心を和ませる。  夜、ここに来ることは俺にとって一種の習慣になっていた。  いつも、この川岸を腹が減るまで歩き続ける。まったく暇な奴だと言われるかもしれない。  でも必要だと思う。こういうことも。特に日常のストレスが溜まりやすく、 しかも発散方法がわからない俺には。ここでしか今では心の休まる場所はないのだから……  今日も小腹がすいてきて楽しかったとそろそろ帰る気分になった時、小さな物陰が少し先に見える。 「……? ただのごみか?」  そういいながら恐る恐る近づいてみる。  よく見るとその正体は茶色い……小型犬だった。犬を捨てるなんてひどい奴もいたもんだ。  それともこいつが逃げ出したのか。もっと近づいて真剣にそいつの顔を見てみる。  ……いや違う。  こいつの目は……俺はこの目を知っている。こいつがどんな経験をしてきたらこんな目になるのかを…… 「辛かったな……」  そっとその犬に手を差し伸べる。しかし犬は物凄く嫌がって手に寄り付こうとしない。 「強がらなくていいから。な、こっちにこいよ」  そういいながら優しく喉をなでてやる。  ……なでてやること5分。徐々に顔が落ち着いてきたのがわかる。 「へへかわいいじゃねぇか……やっぱ純粋だな……」  友達にも最近素直に気持ちを言わない俺が唯一心を開く物、それは動物だった。  動物の中でも犬は特別な存在になっていた。太古から人間と犬には親密な関係があるといわれている。  と、どこかで聞いた。確かにそうだと思う。人間が犬を裏切ることがあっても、犬は人間を裏切りはしない、そんな気がする。  そんなこともあって、俺の中で犬の性格はいつからか、俺の目標になっていた。 「そこにいろよ。なんか食い物持ってきてやるから」  急いで家に帰る。手当たり次第犬が食えそうなものを探す。  ポテトチップス、飴、……いま見てみると、この家にはお菓子しかないのか。ふざけた家だ。 「何かねぇのかよ!!」  と思わず家に突っ込みを入れているとふと棚の横にあったリンゴが目に入った。  これだ。これしかなかったのは残念だが、仕方ない。走って川岸に戻る。  息を切らせて戻ってきたとき、犬はまだいてくれていた。  内心ほっとしながら近寄ってリンゴを食うように薦めてみる。 「ほら。食いなよ。うまいぞ……」  犬の目の前までもっていった八つ切れにされたリンゴにそいつは匂いをかぐものの食おうとしなかった。  ……いらないのか?このリンゴは気にいらないのだろうか?まったく贅沢な奴だ…… 「よし!ならうちにこい!」  そう言って無理やり犬を持ち上げてみるが、体を力いっぱい振ってそれを拒んだ。 「ここにいたいのか……」  そんな感じで一週間が過ぎた。いろんな食い物を試してみた。キャベツ、ミカン、バナナミルク……  どれもダメだった。本当になぜかわからなかった。あいつはみるみるやつれていった。  今日も散歩なんかそっちのけであの場所にいってみる。  だが月の光に照らされたその光景を見て俺は目を疑った。  畜生……  怒りが込み上げてくる。こいつを捨てた奴が許せない。都合が悪くなると何でも投げ出してしまう人間。欲にまみれた最低な生き物。  自分も同じ血が流れていると思うとすごく憎かった。それに俺だって本気になればこいつを救えたに違いない。  そう思うと涙が止まらなくなった。  それからと言うもの、俺は腹やストレスがどうとか関係なしに、かかさずあの場所に行っている。  あの思いを忘れない為にも。  fin


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